妙な町だと、改めて思う。
並盛町。これから戦場となる町。
だというのに、そんなことは気にしていないかのような、それを受け入れてしまっているような、これまでもこれからも何が起ころうと受け止めてくれるような、そんな土台としての力が、このなんの変哲もない平和な町には存在しているような気がした。
すべて、γの気のせいなのだろうが。そもそもこの町が戦場になるだなんて、誰も思いつきもしないだろうし。
「兄貴、どうした?」
「……いや、なんでも」
弟分たちが不思議そうな顔で振り返った。買い出しの途中だったと、遅くなっていた歩調を戻す。
何があっても受け止めてくれるような、土台としての力。
──それは、マフィアのボスにも求められるものかもしれない。つい数日前まで隣で笑い合っていた、最愛のボスを思い出して、鼻の先がツンと痛くなった。彼女のため、そして今のボスである忘れ形見の未来のために、γは命だって投げ出せるつもりだった。
ただ、来日直前に現れた、未来の敵の存在が嫌にチラついて集中できない。これでは本戦にも差し支える。未来の出来事はまだ起こっていない、ユニが白蘭を許すならそれに従う、従うが。
頭でわかっていても、心は追いつかない。
どうして自分を殺す相手に笑いかけることができるのか。どうして奴に手を差し伸べるのか。どうして奴の手を取るのか。
愛している。愛しているからこそ、彼女の本心がわからない。
「兄貴、なぁ……」
わからない。本当に、何もかもが理解不能だ。
「γ兄貴、待っ……」
わからないことが腹立たしい。自分にわからない次元で、彼女が奴と話をしているのが許しがたい。
どすっ……
「おわっ……!?」
「あ」
前をよく見ていなかったγは、いつの間にか弟分を置いて競歩のようなスピードで、誰かの黒い背中に顔面からぶつかった。
「大丈夫か、兄貴!?」
無様に尻餅をつくようなことはなかったが足元がもたついたのを、追いついた太猿が慌てて支える。単純に恥ずかしくて明後日の方に視線を逸らした。
「あ…… 悪ぃな、前を見て」
なかった、と、続く言葉が出て来なかった。
「いいえ、僕もぼうっとしていたので」
白い肌とコントラストをなす黒い髪。
切長の目には月のような眼球が嵌め込まれていて。
黒い衣装に身を包んでいたのも、「アイツ」を想起させるのに一役買っていた。
そこにいたのは、未来の最大の裏切り者。
幻覚を操る剣士、幻騎士に違いなかった。