第5話 ずっと

 

 空幻は何故か白蘭を気に入ったらしい。
 白蘭も、なんとなく、空幻を気にしているように見える。あくまで桔梗の目には、だが。
「引き込むお心算こころづもりならば分かりますが、これは……」
「遊んでやっているようにしか見えねぇな」
 白蘭ほどの男に護衛なんて要らないだろうが、極東の地で他にすることもない桔梗達は空幻に引っ張られる白蘭に付き従い、百貨店の屋上にある小型遊興施設を訪れていた。
「これに乗るといいのだ、白蘭! 百円玉を入れると、動くのだ!」
「パンダは白黒ハッキリしてていいね♪ ボクはシロクマに乗ろうかな〜」
 明らかに成人の白蘭がフワフワしたシロクマの乗り物に嬉々として跨る姿。なかなかにシュールだが違和感がない、流石は白蘭様。
「今度はあれに乗るのだ! コーヒーカップがクルクル回るのだ!」
「いいね、どうせだから一番カッコよく回転させてみよう♪」
 レコードに触れるような繊細な指の動きで小刻みに向きを変えながらリズミカルな回転を生む、流石は白蘭様。
「さあ、わたあめを食べるのだ! ピンクのわたあめと青のわたあめ、どっちがいいのだ?」
「リトマス試験紙カラーだね。ボクは塩基性が好きかな♪」
 わたあめをリトマス試験紙に見立てるとは。理系の頭脳に文系の情緒を織り交ぜる多才な御仁、流石は白蘭様。
「……」
「……なんです、ザクロ」
「いや…… 流石に無理があるだろと思って」
「言わないでください、自覚はあるので」

 

   ***

 

 自動販売機の前で、空幻が指差した鮮やかなオレンジの切り口がプリントされている缶を選んでやる。「ありがとうなのだ」と溢れる笑顔こそ鮮やかで、少し眩しい。
「白蘭はどうしてオレと遊んでくれるのだ?」
 プルタブを引くと、プシュッという小気味いい音の後で、甘酸っぱい柑橘の香りが漂う。人工香料で上塗りされた、より強い香り。
「んー、空チャンといると楽しいから?」
「ありがとうなのだ。でも、ときどき、白蘭はとても痛そうな顔をするのだ」
 ああ、バレている。
 自分がこの子と「彼」を重ねていることに。
「空チャンは、未来の記憶がないんだよね」
「おもしろいことを言うのだ。未来はまだきてないから、記憶なんてありえないのだ」
 そうだ、それが正しい。
 それが、とても悲しい。
「……最低な話をするよ?」
 空幻はこてんと首を傾げて、しかし口を挟むことはなく、白蘭の次の言葉を待っている。
「とても、酷いことをしたんだ。ボクを信じていた子を、利用して、捨てた」
 この時代でも、誰も彼のことで自分を責めないのが、とても都合がよくて、とても居心地が悪い。
「誰かに糾弾された方がよほど気分が晴れるよ。でも、ボクが彼を利用したから、彼は仲間を失ってしまった。だからもう、誰も、彼のことでボクを責めてくれないんだ。それが、」
 たぶん、彼女が許してくれても、それだけはずっと。
「とても、ツラくてさ」
 空幻は、どこでもない虚空を眺めてその懺悔を聞いていた。そして、最後に「ふうん」と頷いて。
「オレは、そんな酷いことをされたことがないから、これはただの想像でしかない」
 でも、と空幻は続けた。
「きっと、いまの白蘭を見たら、その子は『ざまあみろ』って、思うのだ」
「……そうかな」
 そう思ってくれればいい。
「そして、きっと」
 すぅ、と一呼吸して。

「ずっと、許さないでいてくれると、思うのだ」

「……」
 ああ、それは。
「そうしないと、白蘭のしたことは、正当化されてしまうのだ。その子が、白蘭のことを本当に好きだったなら、とてもツラいという白蘭を、許さないでくれると思うのだ」
 都合のいい解釈だけれど、もし、彼がそう思ってくれているとしたら。
「それは、ボクにとって最高の罰だね」
「……大丈夫なのだ? 泣いてるのだ?」
「泣いてないよ、大丈夫」
 実際泣いてはいないし、泣くような資格もないし。
 ただ、彼の面影を感じさせるこの子が、はっきり「許さない」と言ってくれたことが、なんだか変な話だが嬉しかった。あの未来で、白蘭はあまりにも多くのことを間違えていた。彼が許さないでいてくれるなら、白蘭はもう、同じ過ちを繰り返さずに済むと思う。この時代で未だ会えていないのも、彼の出した答えゆえだと解釈するのは、あまりにも自己都合だろうか。
 空幻はちらりと白蘭を見上げて、それがあまりにも清々しくて情けない顔だったから、白蘭がいつもの調子を取り戻すまでは、しばらくここで休憩することにした。

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