つまり。
「幻チャンって三人兄弟だったの?」
「みんな幻ちゃんだから、その呼び名はおかしいのだ。オレは空幻なのだ」
頭が痛い。
「ちょっとそこの金髪ハミ毛、他人に喧嘩売っといてダンマリとかふざけてんじゃないのこっち向きなさいよ」
「姉さん。喧嘩を売られたのは僕だし、側から見たら喧嘩売ってるのは姉さんだよ」
憎々しくて見たくもなかった同じ顔が、年齢性別様々に、三人分並んでいた。
場所は幻騎士(γには状況がよくわからないので三人まとめて幻騎士と仮称することにした。)と遭遇した繁華街にあるカフェテリア。どこで嗅ぎつけたのか「ここのミルクセーキが美味しいんだって」と誘導する白蘭と「それは楽しみなのだ」と誘導される少年・空幻を混乱の渦中でとりあえず追いかけ足を踏み入れたが最後、γが我に返った時には「マァマァこんなに大勢のお客様なんて何年ぶりかしら!」と喜ぶ店のマダムに勧められるがまま席についていた。三兄弟は向かって右が末っ子で、真ん中に兄、上座に姉。それた向かい合って、こちらはγの右隣に白蘭、左隣に野猿、太猿。……つまりγたちは白蘭が邪魔で席を立てない。
ここまできて何も頼まないわけにはいかないという消極的な理由で、γは店のおすすめだというミルクセーキを断って無難にブラックコーヒーを飲んでいる。味は薄いし豆の香りも飛んでいてお世辞にも美味しいとは言えなかったが、カフェインのおかげで頭はいくらかスッキリした。
「クウゲン? じゃあ空チャンだね。お兄ちゃんたちを紹介してくれる?」
「もちろんなのだ。ねねさまは夢幻、ににさまは幻海なのだ」
「空、知らない人について行っては駄目だと教えたはずだよ。あと本当は簡単に名乗るのも危ないからね」
幻海と呼ばれた兄は弟をたしなめる。
「ていうか見るからに危ないじゃんコイツ、ブリーチ掛けまくってんじゃん絶対不良だよ。ね? 海」
「姉さん、その意見は多大な偏見を含んでいるんじゃないかな」
ソイツ、不良どころかマフィアだぞ。
……だなんて言えるわけもなく、γはただただ状況把握に努める。これ以上ややこしい事態にしたくはない。
「夢チャン、つれないなぁ。ボクってそんなに不良っぽい?」
「胡散臭さが爆発してんのよ、シロツメクサみたいな頭してるし絶対カタギじゃないわ」
「シロツメクサとは言い得て妙なのだ」
「妙ではないよ、失礼なだけ」
弟分たちが「なんとかしてくれ」と視線で訴えてくるし白蘭は放っておくと閉店時間まで駄弁を続けそうだったので、心の整理がついたところで切り出すことにした。
「……幻騎士、か?」
「は? 騎士? 誰が?」
姉の方は喧嘩腰だが話をする気はあるらしいので、そちらに標準を定める。
「だから、10年後に幻騎士としてオレたちと会った記憶はあるか?」
「……海、コイツもしかしてちょっと、クルクルパー?」
「いくら何でも失礼だよ」
頭の上でひらひらさせる夢幻の手を、幻海が押さえる。
「あなた方が僕らを誰と勘違いしているのかはわかりませんし、心当たりもありません。……出会い頭に喧嘩をふっかけて来るような野蛮人の知り合いもいませんし」
礼儀こそ弁えているものの、幻海の方はγとのいざこざを腹に据えかねているらしい。しらばっくれているのか本当に人違いなのか、γにはまだわからないので放っておくことにした。
「いやー、γクンにもいろいろあるんだってさ。あんまり怒らないであげてよ、海クン」
「自分は後ろめたいことがないような顔をされていますが、子どもに声をかけて茶店に連れ込む貴方が一番厄介ですからね。空幻をどうするつもりだったんです?」
「お気に入りだった子に似てたから声掛けただけだよ?」
白蘭が幻海の警戒心を最大値に引き上げる。どうしてくれるんだこのシロツメクサ。
「もう結構です。姉さん、空幻、行こう」
幻海は立ち上がり様、後ろポケットに手を回して固まった。
「……?」
「海?」
「どうしたのだ、ににさま?」
姉と弟に問われ、幻海が戸惑いながら答える。
「……財布がない」
「え、マジで?」
「大変なのだ! 落としたのだ?」
空幻が慌ててテーブルの下を覗き込む一方で、夢幻の方は「どうバックれる?」などとブツブツ言いながら考え始めた。どうやら二人は財布を持っていないらしい。
「いいよ、ここはボクらの奢りで」
白蘭がいつも通りの薄っぺらい笑顔で、いつも通り意味のわからない提案をする。幻海はあからさまに嫌な顔をした。
「……なにを企んでいます?」
「困った時はお互い様さ。大丈夫、今度会うときのお土産に期待してるから。ボクらは郊外の洋館を借りてるから、いつでも遊びにきてね」
さらりとアジトの場所を漏らしているが、口から飛び出した言葉は取り返せない。
幻海が迷っているうちに、空幻が代わって答える。
「ありがとうなのだ、白蘭! 今度、おせんべいを持って遊びに行くのだ!」
「空……」
「うんうん、待ってるよ」
幻海は小さな丸い眉を顰めて、しかし弟の発言を撤回することはなく「では、お言葉に甘えて」と苦々しく言った。
「必ず返します」
「別にいいのに」
今度こそ立ち上がり、兄弟は連れ立って店を出て行った。