第3話 放物線

 

「あ……」
 紅茶を飲んでいたユニの視線が、エントランスの方へ不思議そうに向けられる。
 それに気づかないγではなかった。声を抑え確認する。
「敵か? 姫」
「いいえ、お客さまです。どうして入ってこられないのかと思って……」
「あ、空ちゃんかな?」
「なっ……!」
 γが押し留めるより早く、白蘭は迷いなく玄関を開け放った。
 エントランスの外に立っていた、丸い特徴的な眉の子どもへと、ファミリーの視線が集中する。
「ハハン……」
「コイツは……」
「サルじゃん🐻」
 旧真六弔花の面々の好奇の視線と、
「……」
 旧ジッジョネロの面々の苦いものを見るような視線と、
「幻騎士……?」
 信じられないような、けれど確かに再会を喜んでいる、幼いボスの視線。
 それらを一身に受けながら、空幻はたじろぐこともなく言い放った。
「おはようなのだ、白蘭! 王様みたいな大きなお家なのだ。ベルに手が届かなかったのだ」
「あれ? 海クンと夢チャンは?」
「うむ。恥ずかしがって出てこないのだ。でもその辺にいると思うのだ」
 まあまあ、立ち話もなんだからと白蘭が屋敷の中へ案内する。ここはお前の家じゃねぇぞと突っ込みたくなるγだったが、ユニの声に阻まれた。
「幻騎士……ですか?」
「お嬢さんも不思議なことを言うのだ。空幻だから空ちゃんだが幻ちゃんではないのだ」
 小首を傾げるユニは空幻の的を得ない答えにも「そうですか」となにか納得したように頷いた。
「白蘭の新しいお友達なんですね」
「そうそう、幻チャンにソックリだったから声掛けちゃったんだよね」
「それなら、歓迎しないわけにはいきませんね。はじめまして、わたしはユニです」
「姫……!」
 γの咎めるような声を、ユニはいつもの朗らかな、けれど強い意志を感じさせる視線で止めた。ユニにもなにか意図があるのだろうと、γや太猿は何も言えなかった。
「中へどうぞ。お茶を用意しますね」
「かたじけないのだ。そうだ、これはこのあいだのお礼なのだ」
「わあ、日本のお菓子ですね。ピッタリのお茶があるんです、ちょっと待っててくださいね」
 ユニがぱたぱたとキッチンへ駆け込むのを見届けたあとで。
 γが(主に監視の意味で)見守る中、白蘭は空幻をソファへと招いた。
「白蘭様、この子どもは……」
「猿じゃねぇのか?」
「アハハ、違うんだって。でもソックリだよね」
 桔梗もザクロも一旦は飲み込んだが、ブルーベルは納得しきれなかったらしい。
「いやサルじゃん?🐻 ビビって知らんぷりしてるんでしょ、弱いから」
『なにこのメスガキ、腹立つなぁ』
 どこからか響いた女性の声と。
 カチリ、剣を引く音。
 そして。

 パンッ……

「ブルーベル!」
「ハッ…… ウッ……」
 ブルーベルの首が床に転がり落ちる。
 桔梗が首の失くなった身体に駆け寄り、ザクロは首の方を確認するが、
「にゅ、にゅにゅぅぅぅぅ! どうしよう白蘭! 首が、首が取れちゃったらどうなるの!?」
「一般的に死ぬね」
「にゃぁぁぁぁぁ!」
「死んでねーじゃねーか!」ザクロのツッコミでブルーベルも正気を取り戻す。「あ、あれ……?」
 空間に漂っていた黒い霧が凝集し、二つの人影を形作る。
 黒髪に白い肌と、特徴的な眉。
 幻海と夢幻だった。
「初対面の相手をザコ呼ばわりする可愛げのないガキは一日それで過ごすのがお似合いよ」
「姉さん、大人げないよ。幻術を解いてあげて、もう十分懲りてるから」
 首だけで涙目のブルーベルにさすがに同情したのか、幻海が夢幻を諫める。γでもあれは憐れだと思う。というかユニの目にはスプラッタすぎて触れさせられないので一刻も早くどうにかしてほしい。
「ねねさま、相手はまだ子どもなのだ。多少の無礼は可愛いものだと大目に見てあげるのだ」
「空は大人よね……」夢幻は指をひとつ動かした。「ほら、元通り」
 ブルーベルの首は放物線を描きながら元の位置へぴたりと戻る。その戻し方すらホラーだが文句は言えない。
 ブルーベルは涙目で桔梗にしがみついた。
「っ、というかお前……! やっぱり幻術使いの幻騎士じゃねぇか!」
 γが夢幻に掴みかかろうとするのを、隣にいた幻海が阻む。「貴方、また喧嘩ですか?」
「テメェもだ、霧の術師だろう!? 何者なんだ、一体!」
「なんだ、正体が知りたかったのだ? オレたちは、国家隠密組織『幻武』の候補生なのだ」
 空幻はぱたぱたと脚を揺らしながら胸を張って答える。
「.こっかおんみつそしき……『げんぶ』……?」
 文字変換が追いつかないγの隣で、幻海は盛大なため息を漏らす。
「空…… そんな簡単にバラしちゃダメだよ……」
「あら……?」
 かちゃり。
 ティーセットを手に戻ってきたユニは、首を傾げた。「ごめんなさい、人数が多くなったんですね。カップを用意してきます」
「ああ、お気遣いなく」
「ありがとー」
 幻海がユニを留める一方で、夢幻は当たり前のように礼を述べる。

 かくして、ティーパーティは波乱の中で幕を開けた。

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